CBR 黙示録17章、マラキ1章

おはようございます。 年末の忙しさの中、一息つける一日になりますように。

 

今日の新約聖書は黙示録17章。 今度は、「大淫婦」とよばれる不品行を行う女が出てきます。 「大バビロン」と呼ばれていたり、「地上を支配する大きな都」といわれているので、ローマ帝国の事でしょう。 この女は、七つの頭と10の角を持つ獣は、このローマ的な世の力に追随する今も昔もでてくる様々な勢力です。

もちろん、今はローマ帝国は滅びましたが、それでも、今の世を動かしている価値観とシステムがあります。 このシステムの中で歯車のようになって自分を合わせていかなければ、置いてけぼりを食ったり、負け組とされたり、その中でクリスチャンであることはそぐわないこととされます。 そんなシステムが今の時代の「女」かもしれません。 自分の中を見ると、そんなシステムの中でクリスチャンとして生きていくことに疲れを覚えることもあります。 

 

今日の17章は、それが当たり前なんだと教えてくれます。 このような「獣」や「女」が力を持っているのがこの世の世界なら、その中で疲れを感じたり、戦いで傷つくのも当たり前でしょう。 でも、同時にそんなこの世のシステムに対して最終的な勝利をおさめるのは「小羊」であるキリストです。

 

黙示録17:13-14

「この者どもは心を一つにしており、自分たちの力と権威とをその獣に与えます。この者どもは小羊と戦いますが、小羊は彼らに打ち勝ちます。なぜならば、小羊は主の主、王の王だからです。また彼とともにいる者たちは、召された者、選ばれた者、忠実な者だからです。」

 

なぜなら、キリストは王の王であり、主の主だからです。 この世の価値観と、聖書の価値観の間のせめぎあいで疲れ果てている方もいるかもしれません。 その中で、私たちがしなければならないのは、何でしょう。 「召された者、選ばれた者、忠実な者」と呼ばれるクリスチャンたちは、せめぎあいの中でも、小羊と「ともにいる者」と呼ばれました。 

今日、私たちは、誰と共にいますか。 今日も戦いが続きます。 見えない戦いです。 その戦いの中で、小羊であるキリストから片時も離れず、そのそばに共にいたいと思います。

 

今日も、小羊であるキリストの恵みを存分に味わう一日になりますように。

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