CBR ホセア7章、マタイ7章

おはようございます。 新しい一週間が始まりましたね。 常総市でのボランティアがいくつか用意されています。 日帰りでも大丈夫ですので、都合がつく方は、ぜひ参加してみてください。 今が助けの時(とき)です。

 

ホセア書は引き続き、神様からのイスラエルへの語り掛けです。 厳しい言葉でイスラエルの罪をあらわにしています。 でも、それは、イスラエルに愛想をつかしたからではありません。

 

ホセア7:1 「わたしがイスラエルをいやすとき、エフライム(イスラエルを形成している部族)の不義と、サマリヤ(イスラエルの首都)の悪とは、明らかにされる。」 つまり、神様が私たちを癒すときは、まず私たちの内にある罪を明らかにするということです。 傷を治すには、膿を出さなくてはならないように、神様がここまで痛切に断罪しているのは、私たちを「いやす」ためなのです。

 

だから、マタイ7章でも、私たちが良い実(正しい生き方)を実らせているかと探ってきます(マタイ7:16-20)。 また、『主よ、主よ』と口先だけで神を求めるものが救われているのではなく、「天におられるわたしの父のみこころを行う者が(天に)入るのです。」(マタイ7:21)と言われています。

確かに、救いは行いによるのではありません。救いは信仰によります。 でも、信仰による本当の救いが良い実を実らせないということはないのです。 木が成長して実を実らせるには時間がかかります。 このマタイの7章をとおして、イエス様は、もう一回、私たちの内に神の国と神の義を追い求めて、神のみ心を行っていく、生き方が実っているのかと探らせようとしているのではないでしょうか。

 

始めに戻りますが、それは私たちを、切り捨てたり、断罪して罪に定めるためではありません。 癒されたものとして、罪赦されたものとしての生き方に軌道修正させようとしているのです。

 

新しい一週間、自分の生き方、心の思いを見つめながら歩む一週間になりますように。

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