CBR 1テサロニケ4章 エレミヤ47章

4:3 神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。あなたがたが不品行を避け、各自わきまえて、自分のからだを、聖く、また尊く保ち、神を知らない異邦人のように情欲におぼれず、また、このようなことで、兄弟を踏みつけたり、欺いたりしないことです。 4:7 神が私たちを召されたのは、汚れを行なわせるためではなく、聖潔を得させるためです。

(1テサロニケ4:3-5、7)

おはようございます。 クリスチャンとして、どのように生きればいいのでしょうか。 テサロニケ人への手紙の4章と5章で、パウロはどのように生きればいいのかというレッスンを語っています。 その中でも、パウロが一番最初に持ってきたレッスンは、「不品行を避ける」ということでした。 大都市で生活するテサロニケ人、愛と美を追求するギリシャ文化の中で育ったテサロニケ人にとって、一番の落とし穴だったのかもしれません。 そして、もしパウロが、東京という大都市に暮らす僕たちに手紙を書くなら、同じことを最初のレッスンとして語るかもしれません。 それは、私たちがどんなに誘惑に負けているかを思い出させて敗北感で押しつぶすためではなくて、僕たちが神様に「召された」んだということと、その意味を思い出させるためです。 どんなに失敗したとしても、「神が私たちを召された」という過去形の事実は変わりません。 私たちは、イエスキリストの十字架のゆえに、神の子とされています。 がっかりするときは、その事実をもう一回思い出しましょう。 でも、この「召された」という事実は、もう一つの事実を突きつけます。 私たちは「聖く」なるように召されているということ、「聖潔を得させるため」に召されたということです。 もちろん自分の力でできることではありません。 召してくださった方に信頼して、昨日よりも、今日、少しづつでも聖い歩みをしていきたいですね。 今日の一日が素晴らしいものになりますように。

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