CBR 詩篇77

おはようございます。 今日は久しぶりんのお天気ですね。

みなさんは、神様が遠くに離れていったように感じること、ありますか。 今日の詩篇の作者であるアサフもそのように感じました。 そうとしか思えないような困難な状況にあったからです。

7-9 「主は、いつまでも拒まれるのだろうか。もう決して愛してくださらないのだろうか。 主の恵みは、永久に絶たれたのだろうか。約束は、代々に至るまで、果たされないのだろうか。 神は、いつくしみを忘れたのだろうか。もしや、怒ってあわれみを閉じてしまわれたのだろうか。」

でも、アサフは、そんな状況も神様の御手の内にあることに目を留めようとしました。

10 「そのとき私は言った。「私の弱いのはいと高き方の右の手が変わったことによる。」」

でも、それは、こんな状況にした神様を恨むためではありません。神様がどんなに忠実にイスラエル人を導いてきたか思い出して、その神様にもう一回信頼してゆだねるためです。

11-12 「私は、主のみわざを思い起こそう。まことに、昔からのあなたの奇しいわざを思い起こそう。 私は、あなたのなさったすべてのことに思いを巡らし、あなたのみわざを、静かに考えよう。」

15-20「あなたは御腕をもって、ご自分の民、ヤコブとヨセフの子らを贖われました。 神よ。水はあなたを見たのです。水はあなたを見て、わななきました。わたつみもまた、震え上がりました。… あなたは、ご自分の民を、モーセとアロンの手によって、羊の群れのように導かれました。」

アサフは、神様がイスラエル人をエジプトから脱出させるとき、海を二つに割って救い出したことを思い出しました。 どんなに神様が沈黙しているように感じても、神様は今も変わらず私たちを羊飼いとして導いてくれています。 この方に、今日もゆだねていきたいですね。

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