December 27, 2016

1サムエル 22:22-23

ダビデはエブヤタルに言った。「私はあの日、エドム人ドエグがあそこにいたので、あれがきっとサウルに知らせると思っていた。私が、あなたの父の家の者全部の死を引き起こしたのだ。 私といっしょにいなさい。恐れることはない。私のいのちをねらう者は、あなたのいのちをねらう。しかし私といっしょにいれば、あなたは安全だ。」

クリスマスの後、いかがお過ごしですか。キリストが生まれたあと、マリヤもヨセフも、関わった人たちの人生はガラッと変わりました。 ヘロデ王に追われる危険と救い主がともにいる希望と、この二つがともにある人生と...

今夜はクリスマスイブ礼拝。 お仕事早く終わったかた、ぜひ月島でキリストの誕生をお祝いしましょう。

 

キリストは私たちを光に導くために暗闇の中に生まれてくださいました。 

でも、いつのまにか私たちは暗闇の中に安住していってしまいます。 イスラエルの人々も、「悪を行う者もみな主の心にかなっている。主は彼らを喜ばれる。さばきの神はどこにいるのか」(マラキ2:17)と言って、自分たちの不品行を正当化するようになっていったようです。 

 

私たちはどうでしょうか。 いつの間にかキリストの恵みを逆手にとって、この世に染まりきってしまってはいないでしょう...

おはようございます。 年末の忙しさの中、一息つける一日になりますように。

 

今日の新約聖書は黙示録17章。 今度は、「大淫婦」とよばれる不品行を行う女が出てきます。 「大バビロン」と呼ばれていたり、「地上を支配する大きな都」といわれているので、ローマ帝国の事でしょう。 この女は、七つの頭と10の角を持つ獣は、このローマ的な世の力に追随する今も昔もでてくる様々な勢力です。

もちろん、今はローマ帝国は滅びましたが、それでも、今の世を動かしている価値観とシステムがあります。 このシステムの中で歯車のようになって自分を合わせていかなければ、置い...

おはようございます。 今日はとてもいい天気ですね。 もうすぐクリスマス。 忙しい毎日の中でも、キリストを待ち望んでいきましょう。

 

順風満帆だと感じる中で、キリストを待ち望むと言っても、あんまり切実さが伴わないかもしれません。でも、黙示録が書かれたとき、クリスチャンたちはローマ帝国による大迫害の中にありました。 そして、黙示録16章に書かれているのは、神に反抗する世界に対する最終的な裁きです。 クリスチャンだというだけで捕らえられ、殺されていく日々の中で、黙示録16章の言葉はどんなに大きな慰めになったことでしょう。 そして、また同時に...

みなさん、クリスマス前の一週間、いかがお過ごしですか。 

黙示録は、ちょっと難しい箇所です。 ほとんどの表現が象徴的に使われているので、これを文字度入りに理解すると、混乱します。 そこで、ちょっと解説。 

13章に出てくる「獣」とは、クリスチャンを迫害する様々な生殖、国家、権力といったものです。 ダニエル7章でも、異邦人の国家が獣にたとえられています。 ヨハネがこれを書いたとき、この獣で象徴されていた国はまさにクリスチャンを迫害していたローマ帝国でした。  今は、もうローマ帝国はありません。だから黙示録13章がもう関係かかといったら、そ...

おはようございます。 雨上がりの太陽がまぶしいですね。 

 

ゼカリヤ7:3;9-10

「万軍の主の宮に仕える祭司たちと、預言者たちに尋ねさせた。「私が長年やってきたように、第五の月にも、断食をして泣かなければならないでしょうか。」… 万軍の主はこう仰せられる。「正しいさばきを行ない、互いに誠実を尽くし、あわれみ合え。やもめ、みなしご、在留異国人、貧しい者をしいたげるな。互いに心の中で悪をたくらむな。」

 

どうやって、神様に喜ばれる毎日を送ればいいのでしょうか。 断食という宗教行事を守ることが一番大事なことだと思っていたイスラエル人に対して...

おはようございます。

 

今日は、誰と一緒に歩みますか? 僕はいつの間にか、自分一人で一日を切り開いているかのような気になって、自分のToDoリストをとにかくこなしていこうとしてしまいます。 でも、私たちは一人なのではありません。 私たちの上には王であるキリストが、王座について逐一命令を下してくださっています。 しかも、その命令に従えないときは、その王と一心同体のように…というか、同一人物として、キリストが大祭司としてとりなしてくださいます。 

 

ゼカリヤ6:12-13

『万軍の主はこう仰せられる。見よ。ひとりの人がいる。その名は若枝。彼の...

今日は、寒そうな一日ですね。 暖かくしてお出かけください。

 

今日のゼカリヤ4章は、ゼカリヤの見た5つ目の幻です。 燭台は、これから再建されようとしている神殿と、それを中心に再開される神礼拝を示していて、燭台に火をともし続けるための油を供給している二本のオリーブの木(ふたりの油注がれた者)は、ダビデ王の末裔としてこの時代に生きていたゼルバベルと、大祭司ヨシュアのことでしょう。 

 

捕囚から帰った人々に主が与えようとしたのは、神殿を中心に神を礼拝する生活でした。 そして、それは、「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」と主は言い...

おはようございます。 新しい一週間が始まりましたね。 

何が今、皆さんの心の中を占めていますか。 今日仕上げなければならない仕事の事? 学校のレポート? 山積みになっている家事? 僕の場合は、今週の予定をまず立てること、テンポよくこなしていくことが一番大事なことになりがちです。 でも、やっぱり心の中心にあってほしいのは、イエスキリストへの感謝と賛美です。 黙示録5章では、天の御国で、御子イエスキリストに賛美が捧げられています。 それは、キリストが、私たちを贖うために小羊としてほふられたからです。 そして、この小羊の血によって、私たちの...

ゼカリヤ1:16-17 

「それゆえ、主はこう仰せられる。『わたしは、あわれみをもってエルサレムに帰る。そこにわたしの宮が建て直される。――万軍の主の御告げ。――測りなわはエルサレムの上に張られる。』 

もう一度叫んで言え。万軍の主はこう仰せられる。『わたしの町々には、再び良いものが散り乱れる。主は、再びシオンを慰め、エルサレムを再び選ぶ。』」

 

荒廃したエルサレムに70年ぶりに帰ってきたイスラエル人を励ますために、ゼカリヤに与えられた預言の幻です。 実際に荒廃した街に住んではいなくても、自分の人生がまるで荒廃しきっているかのように感じる...

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